子どもがお金のトラブルに巻き込まれないために親はどうするべきか?【あさイチ】

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♪よ〜く考えよぉ〜、お金は大事だよ〜♪

とは以前にCMで流れていた保険のCMですが、幼い子供にとってお金はよくわからないものかもしれません。自分も子供の頃には毎月親からもらったお小遣いの使い道に悩んだり困ったりしたものですが、我が家では子供に何が起ころうとも”追加のお小遣い”は許されていなかったので、月初に綿密な計画を立てておかないと途中で「何にもできな〜い!」ということになってしまいます。

では今の子供達のお金事情はどうなっているのか?というのが今回の話題です。

私が子供だった頃とは違って今の子供達はさぞかしたんまりとお小遣いをもらっているんだろうなぁと思いきや、40年ほど前から子供のお小遣いの額はさほど変わっていないとのことでした。

NHK「あさイチ」から

2021年だけは統計の取り方が変わっているので急激に乱高下していますが、2022年になると元の水準に戻っています。(統計を取るならちょこちょこと基準を変えるべきではないと言いたいです)グラフを見ると私が子供だった頃の金額も自分の貰っていた額よりやや高いものの変動の範囲内という感じです。当時、仲の良かった友達にはもっと貰っていた子もいたので家庭による差はそこそこあるのかもしれません。

今も昔もどうして親はいちいち文句をつけたくなるなるのでしょうか?

昔もお小遣いの使い道には親から文句を言われた覚えがあります。私には5つ下の弟がいるのですが、月初にお小遣いを貰うとその日の夕方には全部使い切ってスッカラカンというのが当たり前の人間でした。両親からは「禁治産者」と悪口を言われていましたが寅さん風に言えば「宵越しの金は持たない」江戸っ子だったのかもしれません。(生まれも育ちも江戸ではありませんでしたが)

私は小心者で、そこまで無計画に慣れなかったので月末まではなんとか残高が0にならないようにショボショボとしみったれて使っていたのですが、さすがに弟に融通してやるほどの余裕はありませんでしたし、両親からも「頼まれても貸すんじゃないよ」と言われていたので、お小遣いに関しては別会計でした。しかし2日目には無一文になってしまう弟を見てさすがに哀れに思ったのか、「家事の手伝いをすれば10円あげる」と言われて父親の靴磨きや植木の水やりなどをやっては糊口を凌いでいたようです。

当時のお小遣いの使い道は、駄菓子屋に行ってお菓子やコーラを買うとか、余裕があれば酒屋の前に置かれていた1回10円のゲームをしたりしていました。

今のように携帯電話やスマホ、携帯ゲーム機などありませんでしたから、ゲームといえば裕福な家の子のところに行って野球盤や人生ゲームをやるくらいのものです。運が良ければ友達の家で麦茶やジュースを出してくれる時もありましたから基本的にお金はかかりません。家の周りは新興住宅地で建築中の家もたくさんあり、職人さんのいない工事現場から端材や釘をくすねてきては工作をすることもありました。

今の子供は友達付き合いにもお金がかかるのです

今では都心部郊外でも”空き地”などほとんどなく、あっても柵で囲われて重機がせわしなく動いているのでドラえもんののび太くんたちが遊んでいた土管のある空き地などあるはずもありません。仮にあったとしても大人たちが”安心・安全のために”立ち入り禁止にしてしまいます。

ですから子供達は小さな公園に集まって携帯ゲーム機やスマホでゲームをしています。そして時間になれば学習塾に向かうので駄菓子屋などいく間はありません。もっとも今では駄菓子屋など絶滅危惧種になって見かけることもなくなってしまいました。

ゲームをすれば最初はタダで始められますが、ちょっと先の場面に進もうとすればさまざまなアイテムが欲しくなります。主人公が持つ武器や超能力は、もしかしたらゲームの中でタダで手に入れられるのかもしれませんが、そんなことをしていたら友達と足並みが合わなくなって仲間外れにされたりイジメに遭うかもしれません。それ以前にゲームをしていても楽しくないわけです。

そうなれば手っ取り早いのが「課金」です。ゲームの中ではさまざまな場面で課金をしてアイテムを手にする手段が散りばめられています。無料の状態で課金をしないでゲームを続けることなど現実的に不可能です。ところがゲームの中でアイテムを手にするには数100円から数千円の課金が必要です。それも”今すぐ”手に入れなければ友達にも迷惑がかかってしまいます。

家に帰ったら両親に「ゲームで強くなるためには課金しなくちゃならない」とお小遣いをねだります。「そんなのダメって約束でしょ。来月のお小遣いまで待てばいいじゃない」と理不尽なことを言います。今すぐに必要なんだよぉ〜と言っても親とは価値観が違いますからはっきり言ってムダです。

親がアテにできなければ自分でなんとかするしかありません。とはいっても小学校低学年ではアルバイトして稼ぐにはまだ若すぎます。

親世代とは違う金銭感覚、価値観の違いはどこから?

子供はお小遣いなどがなくなれば困ります。もっとも大人が困るように生活に困るわけではありませんが子供にとっては遊びやゲームも生活の一部です。お小遣いが底をついたら困るのは大人と一緒です。

困ったらなんとかしなければなりません。まずは親に相談です。もしかしたら追加でお小遣いをくれるかもしれません。淡い期待を持ちながら恐る恐るお伺いを立てますが、案の定、言下に断られるわけです。

おまけに「何に使ったの?」「もうないなんておかしいでしょ?」などと余計なお説教までついてきます。この辺りはもう自分が言う側の立場になってますからよくわかります(笑)

親がヒステリックに怒れば次から子供は隠すようになります。でも隠したからといって問題は解決しません。次は恥を忍んでおじいちゃん、おばあちゃんに頼みに行きます。それも親にバレないようにお小遣いをねだったことは親に言わないように口止めしたりするわけです。

それが何度も続くとさすがに孫のためにもならないのではないかと思って(親の親ですから経験は豊富です)お小遣いを渋るようになります。すると今度はウソをついてお金をせびるようになります。ウソは泥棒の始まりです。一度でも悪の道に手を染めるとあとは坂道を転がり落ちるように人生を踏み外しかねません。

そして中高生になれば、パパ活や親のものを勝手にフリマアプリで売ることまでやり始めます。子供のやることですから善悪の判断などほとんどしません。お金のためならなんでもしなければ”生活”が危ないのです。

これが小学校低学年くらいならまだしも、中高生、大学生になるとさらに酷くなります。サラ金に手を出す、それを返済できなくてギャンブルに手を出す、カードローン、家出、風俗・売春など行くところまで行ってしまいかねません。最近ではこうしたトラブルが増加しているのです。

私たちの頃はせいぜいコーラの空き瓶を酒屋に持ち込んで1本10円で換金するくらいのものでしたが。

子供の価値観を共有しようとすることも大切

こんなことを言うと「甘やかしすぎだ」と言う声も聞こえてきそうですが、子供にも一人の人格があります。それを頭ごなしに否定されれば顔には出さなくても反発するのは当然です。

それに子供は親に生活の全てを握られているわけで「今日からご飯はあげないよ」とか「(家を)出ていけ」と言われてしまったら生きていくことさえ難しくなるわけです。

今では親の言うことに反発することもなく従順な”フリ”をして”大過なく”独立していく子供も多いようですが、独立して人生の荒海に放り出されれば手を差し伸べてくれる味方はいなくなります。そうなった時、困った子供は(もう子供ではなくなっていますが)どうするのでしょう?

そうなる前の子供時代に、親が子供の価値観を共有することも大切だといいます。今流行りの「寄り添う」とは違います。相手(子供)のやっていることや考えていることを親が自分でもやってみるのです。

例えば、子供がやっているゲームを自分もやってみる(そこで子供と同じように泥沼にハマってはいけません)。自分もやってみることで子供の気持ちに近づくことができるかもしれません。どうして課金してまで頑張りたくなるのか、どうして我慢できないのか?

所詮親子です。同じ環境の中で長年生活していますから、実は親も気づいていないだけで、子供と似た価値観を持っているかもしれません。それが現れた時に、子供がどうしてそんなことをしたのか、ちょっとはわかるかもしれません。

その時は子供の欲望をそのまま受け入れるのではなく、「これ面白いね、じゃあこのアイテムまでは課金してもいいよ」と歩み寄れるかもしれません。それは子供にとっても譲歩することになりますが、ちょっとだけ未来に希望が持てる瞬間なのです。

私もちょっと前(半年くらい前)まではYouTube動画と聞いても「子供がハマってるやつでしょ」と小馬鹿にしてみることもありませんでしたが、ひょんなきっかけで見る機会のあった動画にハマってからは逆にテレビを見ることがほとんどなくなりました。

今では天気予報とニュースくらいです。今の子供達がどんな動画を見ているのかわかりませんが、自分の知りたい情報が検索すれば好きな時に見られ、知りたい情報は大抵誰かがYouTubeに上げてくれています。動画の出来が悪ければストップして他の人の動画を検索すればいいわけです。

決められた時間にテレビ局の誰かがスポンサーや政権に忖度しながら作った面白くもない番組を見るよりよっぽど効率的で役に立ちます。これは今の私の若者への共感です。

子供のカードデビューはデビットカードから

子供がゲームや推し活のためにお金を使ってしまうのはある程度仕方のないことです。自分自身だって若い頃には当時のアイドルや歌手、スポーツのために(今にして思えば)無駄遣いしたことがあったはずです。

ですから子供が(親から見て)多少の無駄遣いをすることは仕方のないことです。ただそれが際限なくなって人生を踏み外してしまうことのないように、大人(親)は陰から見守っていかなければいけません。

これからますます進化していくキャッシュレス社会でカードなしの生活は考えられません。今はまだ子供でキャッシュレスとは無縁の生活が送れているかもしれませんが、子供もいつかは大人になるのですからクレジットカードや電子マネーなどを使うようにならざるを得ないのです。

クレジットカードは社会人になったばかりの子供にとっては魔法のアイテムのように感じます。お金がなくても買い物ができてしまうのですから。でもそれは翌月の請求が来るまでのわずかな間だけです。

勘の悪い人はそれでも買い物を続けたりキャッシングでお金を引き出したりしてしまいますが、その先に待っているのはかつての「サラ金地獄」のような生活です。「貸した金返せや!」とこわ〜いお兄様に凄まれる生活になってしまうかもしれません

ではどうするか?

子供には所詮返済計画など立てられませんし、立てたとしても実行できません。「ダメなら親に頼めばいいや」という甘えがどこかにあるからです。

住宅ローンや自動車ローン以外の借金は何を言っても親には理解されないと思っています。どうしてもサラ金から借りるなら誰にも知られないようにコッソリです。でもそうなる前に親が手を貸せることはあるはずです。

子供は親のやっていることはなんでもマネします。親がスマホを弄っていれば子供も触ろうとします。子供に携帯販売店でもらってきた古いスマホのサンプルを渡すといつまでも大人のマネをしてお喋りしたり、指で画面をシュッとスワイプしたりしています。

クレジットカードも同じです。小学生くらいになれば大人がクレジットカードで買い物する姿も目にします。お金を払わなくてもあのカードがあれば欲しいものがいくらでも手に入るように見えます。

だから子供は学校を卒業して社会人になると真っ先にクレジットカードを作りたがるわけです。私も学生の時に丸井に就職した友人に頼まれて「赤いカード」を作りました。欲しくもなかった3,000円の「HANGTEN」のバスタオルを月賦で(いや「丸井の赤いカード」で)それから月に1,000円ちょっとの金額を月賦(今でいうリボ払い)で払いました。そのバスタオルはなかなか捨てられずに10年ほども使いました。

今はネット通販やスーパーの買い物などでもクレジットカードは手放せません。カードのない生活なんて1日でも考えられないほどです。そんな時代には好き嫌いに関わらず、子供も少しずつクレジットカードなどのキャッシュレスに対応していかなくてはなりません。

でもクレジットカードは魔法のアイテムじゃないことも教えながら…。そんな時に役に立つのがデビットカードです。今では中国からの旅行客の多くも中国のデビットカードである銀聯カード持っていますから、日本の店頭でもステッカーを目にする機会も多いと思います。

クレジットカードは限度額まではいくらでも買い物ができてしまいますが、デビットカードは銀行口座からリアルタイムで引き落とされますから、引き落とし口座を子供の口座にしておけば預金額以上に使うことはできません。でもキャッシュレスのカードですからカードを使う体験だけは積めるわけです。子供のために専用のデビットカードを作ってお小遣いを銀行振り込みで渡すなんてやり方もいいかもしれません。

大人と話し合うのは照れくさいけど

番組では登場したファイナンシャルプランナーの家族が自宅で子供の欲しいものをお小遣いから出すのか家計から出してあげるのかを検討するマネー会議の様子をやっていました。まず最初に、

 ・親の収入を子供に報告して、貯金の増減も知らせる
  ※家のお金は稼げば増えるし使えばなくなることを理解させる
 ・子供が欲しいと議題にあげたものはNeeds(必要なもの)なのかWants(欲しいもの)なのかを
  みんなで話し合って決める
  ※あまりやりすぎると「子供が回転寿司で気を使ってあまり食べようとしなくなった」との声あり
 ・それ(欲しいもの)は本当に必要なのか?
  ※大切なものからお金を使うという意識を植え付ける
 ・親は子供のWantsを頭から否定しない(いきなり否定すれば全てを拒否される)
  ※子供は「欲しいから欲しいんだ」という意識が普通
 ・早くてもマネー会議を始めるのは子供が小学校2〜3年生くらいから
 ・お小遣いの額にも子供にやりくりできる余裕を与えておく

その中で見えたのは姉弟は子供の考え方が理解できるということです。その家族には4人の姉と末っ子の弟がいるのですが、姉の圧に押されて末っ子の弟は終始弱気でした。

でも最後に一番上のお姉ちゃんが「(弟の)言ってることはわかるよ。小さな椅子で我慢して勉強させるのもどうかと思うし…」と助け舟を出していました。いずれにしても欲しいものは欲しいものとして言うのはいいけど「買う前に一度立ち止まって考えることが大切」なんだという教訓なのでした。

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